蜩(ひぐらし)の鳴き声に、もの悲しげな音色が漂い、飛び交う赤トンボが秋の訪れを告げている。夏の涼味・あんぺいの季節が終わると、関東では、はんぺんの美味しいおでんの季節到来だ。
サメ類の魚肉に、山芋を加え、マシュマロのように、真っ白なすり身を型で掬って、湯に浮かべる。1度、湯に沈んだ後、空気をたっぷりと含んだはんぺんは、ポカリポカリと浮き上がる。浮きはんぺんと呼ばれる所以だ。
口に入れて、ひと噛みすると、シュワシュワと消えて溶けてなくなる。この軽い食感と、上品な旨みが江戸っ子の心をしっかりつかんだようで、江戸時代から、お江戸の味として庶民に愛されてきた。
はんぺんの歴史は古く、江戸時代後期に発刊された「守貞謾稿」にも、はんぺんについての記述がある。おもにサメが原料で、これに山芋を加える。おでんに欠かせない種として親しまれている。
冬なら、おでんが定番だが、軽く炙ってワサビ醤油で食べると、酒の肴に最適だ。ぬる燗片手に、ほっこりとしたはんぺんを口に入れると思わず、
白玉の歯に染みとおる
秋の夜は
酒はしずかにのむべかりけり
若山牧水の詩が、思わず、浮かんでくる。
1人しずかに、日本酒を傾けながら、はんぺんで一杯やるのが江戸の秋――。